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仙台高等裁判所 昭和49年(ラ)74号 判決

抗告人

岩手県南バス株式会社

右代表者

稲垣長平

右代理人

渡辺大司

主文

原決定を取り消す。

本件を盛岡地方裁判所へ差し戻す。

理由

一抗告代理人は、「原決定を取り消す。抗告人に対し更生手続を開始する。」との裁判を求めた。その理由は、別紙記載〈省略〉のとおりである。

二そこで、本件申立が会社更生法三八条七号に該当するか否かについて検討する。

当裁判所は、本件記録中の疎明資料および各審尋の結果を総合して次のような判断に到達した。

(一)  抗告会社は、昭和四九年五月末現在で、約九億一、〇〇〇万円という巨額の累積赤字(同年八月二〇日現在における賃金、賞与、退職金の未払額は約四億三、〇〇〇万円)を有し、その後も現在に至るまで毎月六、〇〇〇万円という赤字を生じており、事業の継続に著しい支障をきたすことなく弁済期にある債務を弁済することができない状態にあると認められる。

(二)  抗告会社としては、その窮状を打開し再建を図るには、バス企業の公共性を損わない限度において、不採算路線の休廃止、過疎化の著しい赤字営業所の整理、ワンマンバスの拡充、人員整理、配置換、実質乗務時間の延長等の合理化、遊休資産(時価約一〇億円程度)の売却処分等の方策を早急にかつ強力に実施する必要があり、今このままの状態で事業を継続するときやがて破産にたち至ることは必至と認められる。

(三)  抗告会社の債権者の多くは金融機関、自動車工業の会社であるが、抗告会社の企業の公共性を理解し、直ちに担保権実行等の手段に訴えようとはせず、協力的態度を示している(その一半の理由は抗告会社が巨額の赤字を抱えているとはいえ、かなりの固定資産を有していることによると推認される。)。しかし、右のような協力はあくまでも抗告会社につき更生手続が開始されることを前提としているものであつて更生手続が開始されることなく、このまま事態が推移すれば遅かれ早かれ債権回収の挙に出ることが予想される。特に社会労働保険の未払金(約一億二、四〇〇万円)について国は既に差押、公売の手段に出ているのであつて、この面だけからみても自力による更生はかなり困難であると認められる。

(四)  抗告会社は、既に昭和四〇年頃から順次今日まで前記のような合理化方策を提示して労働組合の協力を求め、窮状打開のための企業努力を続けてきたものの、その一部を実現できたのみで、その主要な部分は受け入れられず、右合理化による倒産回避計画は実現されないまま今日に至つており、将来自主交渉による実現にはかなり長年月を要し、また不採算路線の休廃止に関する関係市町村の同意を得るためにも相当長期間を要するものと認められる。

しかしながら、抗告会社の更生のためには目下債権者、組合、関係市町村のすみやかな協力が不可欠であるところ、抗告会社が自力で今直ちに右協力を得ることは困難であり、かような状況の下においては、抗告会社は会社更生法による更生手続によらなければその再建はほとんど不可能と認められる。

(五)  右のようないきさつからみると、抗告会社の本件申立の真意は、自らの企業努力によつてはもはや企業の維持更生が困難な状態に立ち至つたため、会社更生法による更生手続において裁判所の関与と監督のもとに債権者、関係官庁、組合、関係市町村の協力を得たうえ、右合理化方策を実現して会社の再建を図ろうとするためのものと認められ、専ら労働組合の反発、関係市町村の抵抗を緩和することを目的としてなされたものとは到底認められない。

(六)  将来における岩手県下のバス企業は、企業の公共的使命を果しつつ、企業の採算を維持しなければならず、この二律背反的な要請にこたえるためには、或る程度公的資本を導入した一元化の構想が適切な施策であると考えられるけれども、現状においては公的一元化の実現を望み得ないのは勿論のこと、いわゆる私的一元化も、抗告会社、岩手中央バス、花巻バスの三社の合意をみるまでにはかなりの日時を要し、今早急にこれを実現することは極めて困難な状況にある。従つて、現段階においては、とりあえず岩手県下のバスの保有台数の約半数を占めている抗告会社単独の更生を目途として更生の見込の有無を判定し更生計画を樹立するのが相当である(もとより更生計画樹立、実施の段階において私的一元化の実現が可能と認められる機運が到来したときは、その構想をもつて手続を進めることを否定するものではない。)。

なお、岩手中央バスの提唱にかかる私的一元化の構想は、同社が中央資本の傘下にあり、かつ、抗告会社と競争関係にあるところから、抗告会社としては、現在の窮状のもとでは乗取の手段として利用されるのではないかとの疑いをもち、強くこれに反発しているのであるから、このような段階において、頭初から一元化の構想をもつて更生手続を進めることにはかなりの疑問があるものといわなければならない。

(七)  従つて、原審が今直ちに一元化の方向を打ち出し、その実現のため競争関係にある企業の関係者を管財人に選任しようとしたことは、決して当を得たものではない(管財人としては、バス企業に精通し、法律知識および経営能力を有する公平な第三者が望ましい。)。原審において抗告会社代表者が右人選に強い難色を示し、右人物が管財人に選任されるのであれば本件申立を棄却されたい旨述べたことは、やや感情的な発言とみられる憾みなしとはしないけれども、その心情において無理からぬものがあると考える。

(八)  以上のような判断を総合するとき、本件申立が会社更生法三八条七号(申立が誠実にされたものでないとき)にあたるものとは到底認められない。

三右の次第で、本件申立を会社更生法三八条七号に該当するとして棄却した原決定は失当であつて、これを取り消すべきである。そしてさらに他の要件の存否について審理を遂げ、右申立を認容すべきときはその後の手続をする必要があるから同法八条、民訴法四一四条、三八九条により本件を盛岡地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(佐藤幸太郎 田坂友男 佐々木泉)

抗告の理由

一、原決定は、抗告人は事業の継続に著しい支障をきたすことなく弁済期にある債務を弁済することができない状態にあることが一応認められるとしながら、

(1) 会社更生法に定める手続によらずとも、自らの企業努力によつて必ずしも解決不可能でないこと。

(2) 当裁判所は本県におけるバス企業の特殊性に鑑み……県内バス企業の将来における一元化の方向で一定の構想をもち、その実現にある程度の期待をかける人材の起用が必須であるとの見地に立つて管財人の人選を進めてきたが抗告人は裁判所の予定した管財人について、単に競争関係にある企業の関係人であるとの理由から、その人選につき強い難色を示したこと。

(3) 抗告人の右のような態度は自らの窮状に対する認識の程度を示唆すると同時に本件申請の真意が企業合理化方策に対する労働組合の反発ならびに不採算路線休廃止についての関係市町村の抵抗を予期し、更生手続をもつて右抵抗を緩和するための手段として利用しようとするところにあるとの疑を強めたこと。

等を総合して本申立が会社更生法第三八条七号の所謂不誠実な申立に該当するものとしてこれを棄却したのは次のような理由からして、全く不当なものである、

即ち、

右の(1)について、

原決定は抗告人につき、会社更生法第三〇条の更生手続開始の原因の存在を認めておりながら「抗告人の会社更生法適用申請は主として、合理化反対を唱える労働組合対策及び不採算路線の休廃止の推進といつた点にあることが一応窺われるから、右は会社更生法に定める手続によらずとも自らの企業努力によつて必ずしも解決不可能ではない」としている。

しかし、会社更生法の根本は、司法的救済手段を講ずることによつて企業を更生させることにある、従つて司法的手段による救済(手続開始前の原因に基づいて生じた会社に対する債権を更生債権として棚上げし、経営を継続して収益を上げながら企業の整備、合理化等をなして弁済資金を獲得し、棚上げ債権につき期限の猶予、場合によつては減免の計画を樹立し、計画後は会社自体による経営を可能にする手続)を得たことによつて終局的に企業の維持更生が達せられるような会社は、所謂更生の見込みのある(更生手続開始の原因が存する)企業と云うことになるものと思料する。

ところで抗告会社は累積赤字五八二、五四九、〇〇〇円(昭和四八年度決算期)をかゝえ且つ一ケ月平均約六〇、〇〇〇、〇〇〇円の損失を出しながら事業を継続している、また企業自らによる再建計画(合理化計画)も建てて倒産回避の努力もしてきたが、その実を挙げることができず会社更生手続開始申立に至つたものであることが明らかである、(疎明書類、調査委員の報告書参照)なるほど、抗告会社の再建のかぎは原決定指摘の通り労働組合対策と不採算路線の休廃止の推進にあるかも知れない、しかし、その点については抗告会社の内部において本件申立に至るまで、努力してきたが、関係者等の努力だけでは解決が、できずに前記の如き赤字、損失をかかえ、且つ事業の継続に著しい支障を来たすことなく、弁済期にある債務を弁済することが、できない状態に立ち至つたものである、あるいは原決定指摘のように会社更生法に定める手続によらずとも、自らの企業努力によつて解決することが不可能でないかも知れないがそのためには、従前の経緯からしても、相当の長期間を要することになることは容易に推認される、しかしその間、このまゝの状態で事業を継続するとすれば、極めて近い将来において破産の事態に陥ることも明らかなことである。

会社更生手続開始の申立に当つて、最も重要なことは申立の時期を失しないことにあると思料する。

若し会社更生法第三〇条の手続開始の原因の具体的判定基準の一つとして会社の内部的努力による再建態勢の有無を原決定の如く厳格なものに解することは、会社更生法の根本に反することは勿論、そのような判定基準によるものとせばほとんどが、実務的に更生の見込みがないものとなる。従つて、会社更生の見込の有無は、主観的問題として判断すべきものではなく、企業の現況等に照らして客観的に判定すべきものと考えられるから抗告会社の資産、収益性、事業の現況等からして司法的救済を与えるべき(更生手続開始の原因が存する)ものと認めるべきである。

右の(2)について、

原決定は、「当裁判所は……県内バス企業の将来における一元化の方向で一定の構想をもち、その実現にある程度の期待をかけうる人材の起用が必須であるとの見地に立つて管財人の人選を進めてきたが抗告人は裁判所の予定した管財人について単に競争関係にある企業の関係人であることの理由から、その人選に強い難色を示した」とし、そのことが、そもそも不誠実な申立であるが如く考えられたようである。

(イ) 管財人はその職務を行うに最も適した者の中から選任しなければならないし、また管財人に適任者を得ることが、その更生手続の成否を決するかぎであることも、その通りである。

管財人は会社の事業経営及び財産の管理処分権を専属的に有するものであるから、誰が選任されるかについては申立会社及びその利害関係人にとつては極めて重要な事柄である、ことに申立会社や利害関係人としては管財人の事業経営的力量、手腕に期待する反面、その信用性などについても強い不安を抱いておるのが普通である。

従つて、管財人は単に手腕があるだけでは足りず、その職務の性質上申立人及び利害関係人等から信頼される人物でなければならない筈である。

管財人は、管財人の職務内容からして、事業経営者としての面と法律家としての面とを持つほかに、利害関係人より信頼される人であることの三つの要素を合せ持つ人こそ適任者と云うことになるのであるが、そのような適任者を得ることは現実的には不可能なことであるから、そこで次善の策として、右の三つの要素の何れに最も比重をおいて選任するかと云うことになるものと思われる、抗告会社の如き事業内容、資産内容そして規模の会社にとつては、事業経営面は従来の会社のスタッフに依存し管財人はその指揮監督と、その余の管財業務にあたるというのが、従来各裁判所でとられてきた考え方のようである。

即ち三要素を合せ持つ管財人を得られない場合は後者二つの要素に比重をおいて選任すると云う方法がとられているようである、従つて中小会社においては管財人は更生会社の利害関係人から選任されている場合が多く、また選任の方法は申立会社の推せんした者につき有力債権者等の同意を得て選任する方法を採つている。(司法研究報告書第一四輯第五号、二〇八頁以下参照)

(ロ) 次に原決定は前記の如く「県内バス企業の将来における一元化の方向で一定の構想をもち、その実現にある程度の期待をかけうる人材の起用が必須であるとの見地に立つて」としているが、そもそも原裁判所が、二ケ月程度の調査で「県内バス企業の将来における一元化の方向で一定の構想をもち」こと自体独善的な考え方と云うべきである、抗告会社としては現在の窮境を会社更生法の力を借りて、倒産を回避し再建しようとして申立をなしている、それに対して裁判所が、「企業の将来における一元化の方向で一定の構想をもち」と云うような判断をなすこと自体、抗告会社を益々混乱と不安におとしいれるものである、「一元化」とは、県内のバス企業の合併統合のことである、岩手県内には、バス企業は抗告会社の外に三社が存している、このような段階で、一元化とは、窮境にある抗告会社(自ら会社更生手続開始を申立てているので)は、正常に事業運営をしている他社に吸収併合されべきものであると云うのと同意義と解される、裁判所が調査の結果、判断できるのは、「現在の定款等の定めによる範囲内で企業が更生の見込みがあるか、ないか」と云うことだけであると考えられる、それが定款の定めをはるかに越えて、「一元化」(併合、統合)することにすれば更生の見込があると云うような判断は、会社更生法の精神にも反する不当なものと云うべきである。

(ハ) また原決定は「一元化の実現にある程度の期待をかけうる人材の起用が必須であるとの見地に立つて管財人の人選を進めてきた……競争関係にある企業の関係人を予定した」としている。

原決定の「一元化」とは企業の統合、併合を意味するものであることは明らかである。

そして裁判所の予定した管財人は岩手中央バス株式会社の経営者の一人である由、岩手中央バス株式会社は抗告会社と単に競争関係にあるばかりではなく、同会社は、岩手県内において積極的に事業の拡張を計画しておるものであり、且つ資本的にも中央の大資本の背景を有しているものである、そのような会社の経営陣から管財人を選任することは、仮令裁判所が監督するとしても、裁判所自身が右会社の事業の拡張に、力を貸す結果となる、少なくとも、右会社の事業拡張が、裁判所の力ぞえにより容易になることは明らかである、一方申立会社及び利害関係人にとつてはそれは再建ではなく現在において倒産したと同一の結果になるのではないかと云う強い不安と脅威を抱き、司法的救済(会社更生)に期待し得なくなるのは当然のことである。

勿論選任された管財人は職務の性質上、公正無私に事業に当るであらうが、しかし、岩手県内のバス企業界をめぐる環境等から、抗告会社及びその利害関係人等が、右のような疑心暗鬼で、その将来について強い不安を抱くことは、極めて自然のことである。

また管財人は事業の経営及び財産の管理処分権を専有することになるのであるが、しかし権限の範囲は会社の定款に定められた、それに限られるものであるから、原決定の「将来における一元化」と云うような権限がない筈である、従つて、そのような見地に立つての管財人の人選そのものが、大きな誤りであり不当なものと云うべきである。

(ニ) 以上からして、原裁判所の誤つた管財人人選に対して抗告会社が強い難色を示すのは当然のことであつて、そのことは決して、抗告会社の本件申立を不誠実なものと断定する資料たり得ないものである。

右の(3)について、

(イ) 原決定は裁判所の一元化の方向、その実現を期待しうる管財人の人選に対して、抗告会社が、強い難色を示したその態度は、自らの窮状に対する認識の程度を示唆するものとしているが、しかし、前述の如く、抗告会社としては、現在における企業の再建につき司法的救済(会社更生法)を求めているものであるのに、裁判所は、県内バス企業の一元化(併合、統合等)の方向を設定し、その実現に期待をかけうる人材を管財人に起用しようとし、予定した管財人は抗告会社と競争関係にあり、しかも積極的に事業の拡張を計画している会社の経営者の一人であると云うことになれば、自社の再建なり、将来の事業経営なりに強い不安と脅威を抱くことは勿論、裁判所のそのような救済方法そのものに不信の念を強めるのも当然のことと云うべきである。

従つて、抗告会社が裁判所の右のような手続なり判断なりに強く反対したとしてもそのことが、その窮状の認識を欠いているものと云うことにはならないものと思料する。

(ロ) また原決定は、本件申請の真意が……企業合理化方策に対する労働組合の反発ならびに不採算路線休廃止についての関係市町村の抵抗を予期し、更生手続をもつて右抵抗を緩和するための手段として利用しようとするところにあるとの疑を強めるものとしている、しかし、会社更生手続の開始原因は、あくまでも企業の現況に照らし更生の見込みがあるか、ないかを客観的に判断されるべきものである、申立人の目的や希望等の主観的問題をぬきにして判断されるべきものと思料する、如何なる会社更生手続開始の申立においても、その目的の中には債権者の請求回避不渡処分回避等のことが含まれている筈である、しかし、そのような主観的な問題を手続開始原因の判定に当つて厳格に解するとせば、ほとんどが、会社更生法第三〇条に該当しないものとなる。従つて、申請の目的が権利の濫用にならない限り、更生手続開始要件の存否につき問題にすべきものではないと思料する。

以上からして、原裁判所が抗告会社の本件申立が会社更生法第三八条第七号に該当するものとしてこれを棄却したのは不当であるので、ここに抗告をなす次第である。

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